「ホスピタウン構想」について

About "Hospi-Town Concept"

医療をつなぐ この街をつなぐ

病気のときだけでなく、ふだんの生活もささえたい。
みんなの暮らしをささえる、地域のネットワークをつくりたい。
私たちが考える「ホスピタウン構想」は、いわば医療を軸にした街づくりです。

東海記念病院は20の診療科、病床数199床を持つ総合病院。
2015年に介護複合施設を新たに開設。
救急医療からリハビリテーション、予防医学、訪問診療・看護、介護サービスまでトータルに対応できる体制を確立しました。
また、春日井市と協力し講演・交流活動や介護予防にも積極的に取り組んでいます。

近隣の病院・クリニックとの連携を強化しながら、地域に開かれた病院として、社会や住民の皆様からお寄せいただく「厚い信頼」を財産と考え地域に貢献いたします。

東海記念病院

総合リハビリテーションセンター

介護複合施設

グルッポふじとう

地域包括支援センター

医療法人社団喜峰会 クレド

3つの約束

医療法人喜峰会 クレド ~3つの約束~は、職員が考えた職員の行動指針であり、地域への貢献をしていくための約束です。

いつも相手の立場で考えます。
~あなたの喜ぶ顔を見ることが私たちの思いです~

自分の言動に責任と誇りを持ちます。

~視野を広く、現状に満足せず、新しいことに挑戦し続けます~

仲間を大切にし、心配りを忘れません。
~周りの人に関心を持ち、お互いさまの精神で取り組みます~

※クレド(credo)とは、ラテン語で「信条」「約束」「志」という意味です。
平成29年2月9日を宣言日とし、医療法人社団喜峰会が新たな一歩を踏み出しました。

岡山義雄

医療法人社団喜峰会 創設者の思い

 ―(職員には)一生懸命に勉強してもらい、広い視野に立ってものを考えるような人間になってほしい。そして、法人のモットーにもしている、常に相手の立場に立ってものを考える人間であってほしい。 職員全員が家族のような病院づくりをし、患者さまや地域の人々に向かっては暖かい血の通った診療・看護をするような病院として、経済的にも肉体的にも精神的にも悩んでいる多くの人々の力になってあげられるような病院にしたい。―   

 岡山病院(昭和25年)から始まった医療法人社団喜峰会の創設者の故・岡山義雄は常にこのように私たち職員に言っていました。自分自身や家族が入院したときに、自分の病院の治療や看護が満足いくものであるかどうか。そして、患者さまへの接し方に(自分たちが)満足が出来る病院であるかどうかということを大切にしていたのです。さらに創設者は、私たち職員に治療の技術だけで病気を治すのではなく、社会生活をしている人の病気を治すという考え方が大切であるという思いを私たち職員に常に伝え続け、温かい血の通った医療で地域全体だけでなく国を活性化させる組織づくりを、次のジェネレーション(世代)に託したのです。

職員の思い  

 東海記念病院には「安心と喜びを感じて頂ける地域医療を提供します」という病院理念があります。この理念のもとに日々私たち職員は職務に励んでいます。今回その理念をより具体的な行動にするために「クレド」をつくりました。   このクレドは、法人全職員が出し合った意見を結集したものです。集められた意見と、創設者の思いをつなぎ、時代に合わせた言葉でクレドの作成をすることで、職員全体に法人の目標を浸透させることを目指しています。改めて明確な言葉にすることで、職員が自分の仕事や行動が理想や理念に合っているか見直し、そしてその力でより地域や貢献することが、法人と職員の目標であり、願いでもあります。

医療法人社団喜峰会 沿革

History

1912 
創設者岡山義雄誕生 

 当院の創設者である岡山義雄は1912年(明治45 年)、岐阜県高富町( 現・山県市) で生まれ、父親の強い奨めもあり医学の道に進んだ。
 戦時中はニューギニアにて軍医として従事し、終戦後に帰国のため乗った船が撃沈され、九死に一生を得たといったこともあったという。
本人は多くを語りませんでしたが、時折発せられた「生きているのが極楽」「戦争のことを考えれば苦労じゃない」といった言葉から想像すれば戦時中の辛苦は並大抵ではなかったように思われる。

岡山義雄

1950 
外科岡山病院開設


 戦後はGHQから仕入れたペニシリンを使った腹膜炎の治療で名古屋大学の学位をとり、長野県の駒ヶ根で農村医療の経験を積んだのち、1950年(昭和25年、名古屋市中区の大津橋に外科岡山病院を開設。
 実家の庭続きに建ち、決して広くはない病院ではありましたが、23床の病床を持ち、手術もこなすなど、小規模ながら本格的な医療機関としてのスタートであった。

1968 
医療法人社団喜峰会誕生

岡山病院

1969 
岡山病院として再出発

 昭和44年、日本が高度成長を遂げていく中で外科岡山病院は名古屋市中区栄一丁目に移転し、岡山病院として新たなスタートを切る。
 1階に喫茶店を設け、屋上には庭園を造るといった当時としては先進的な取り組みをした病院として評判を呼んだ。
 岡山義雄は車が普及することで救急医療が今まで以上に重要になるだろうと考え、岡山病院には救急病院としての機能を整えた。
 また、医学界でも予防医学への関心がそれほど高くない時期に、人間ドックを行い健診事業にも乗り出した。

東海記念病院

1989 
東海記念病院開設


 1989年(平成元年)、五感にやさしく訴えかける病院として、現在の春日井市廻間町に東海記念病院(病床数225床)を開設した。
 岡山義雄は、明治・大正・昭和を生き抜いてきた者として21世紀の日本に貢献したいという思い、そして医療の分野において、21世紀の高齢社会に役立つ病院を築きたいという思いをもち続けた。同時期春日井市から病院開設を要望されていたこともあり、春日井市に開設を決意した。
 岡山病院ではなく、東海記念病院としたのは「東海地区を代表するリハビリテーションを核とした総合病院を目指す」との思いを込めての命名であった。

1992 
岡山病院閉院、東海記念病院に完全移転 

 名古屋中心部における救急医療の中核病院として、また予防医療の先駆けとして機能した岡山病院でしたが、時代に合った新しい医療と着実に進行する高齢化社会で求められる医療とは何かと模索し続けた。
 そんな中、東海記念病院の患者数が増加し、地域に必要とされてきたことから東海記念病院に一極集中することを決断。

2000 
健康管理センター開設

 創立50周年事業として、また岡山病院時代から受け継がれた予防医療への取り組みの新たな展開を目指して「健康管理センター」を開設。

2002 
在宅医療・地域連携の推進 

 訪問看護ステーションあすなろ開設。これを皮切りに、地域における健康増進という視点から、在宅医療・介護への進出を開始。
 地域の医療機関と積極的に連携を図り、お互いの特徴を活かした地域医療体制の構築を推進していく。

デイサービス喜峰

2007 
介護事業を本格的にスタート


 居宅介護支援事業所、通所リハビリテーション、デイサービス喜峰を開設し、介護事業も本格的にスタートさせる。

2010
中部大学と相互協定締結

2013
病院機能評価Ver1.0認定取得

2015
地域包括・訪問診療部開設

2015 
介護複合施設開設
 
 在宅医療や介護へのニーズの高まりから、地域包括・訪問診療部と介護複合施設を開設する。
 同時にショートステイけやきが丘も開設し、さらに多様な在宅医療・介護へのニーズにこたえる体制を構築する。

2018 
地域包括支援センター開設

 春日井市より介護予防支援事業を受託。
 『春日井市地域包括支援センター藤山台・岩成台』を「グルッポふじとう(高蔵寺まなびと交流センター)」内に開設する。

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